【 日々是々 】

過去あってこその『今』

どうも、まべです

何かと過去を思い出す機会が多くなっている9月

そんな中、以前 された友人からの問いを思い出したので

そこに回答してみようかな?

奇しくもこれが200記事目

3月3日より更新を開始して早6ヶ月ちょっと

早いものです

きっかけを思い出す


ある時

とある友人に問いかけられた

「まべさんって今までどんな風に生きてきたの?」という問い

これ、ブログ開始直前の3月に聞かれたこと

そんな不思議な人生を歩んできた人に見えたのだろうか?

誰しも、ひとつの物語が書けるくらいの人生を歩む

なんて言葉もある

自覚していないだけでそれなりに興味ひかれる部分もあるのかもしれない

人によっては・・・ね

聞かれた時は時間の関係や会話の流れもあってあまり回答できず

今更ながらにそんな問いを思い出したので綴ってみる

ちょうど、過去を振り返る機会が多くなっている最近ですしね

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過去より


昭和末期

中部?近畿?関西?あらゆる地域の中でも、どこに分類されるのかわからない

住んでいるのにわからない

そんな土地の片田舎で生まれたこの私

そんな私の記憶の始まりはボロアパートの1室

家族構成は 両親+自分+弟 の4人

2階建て の1階に住居を構えていた我が一家

同じアパートに住む住人との仲も良く

それぞれの部屋を行き来しながら幼いながらに遊びあう

何ひとつ特別なところはない

でも、何ひとつ不自由も無い

そういうのが幸せって言うんだろうね

と今でこそ思う

ただ、当時はなんとも思っていない

そもそも思慮深いタイプの子どもではなく

どちらかといえば、直感的な生き物

勢いのままに部屋で走り回り網戸を突き破り、砂利敷きの庭へ顔からダイブする

勢いのままアパート前の駐車場で三輪車で爆走し、そのまま田んぼへ突っ込む

思考を巡らすのが苦手なタイプだったんです

そんな人間でも五体満足で今まで生きてこれた

これは軽い奇跡だと心から思う

月日が経って、小学生になる頃

父方の実家・・・ 件の記事のじぃの家での生活

あの空間は楽しくもあり、嫌でもあった

屋根を走り回り、ひぃばぁちゃんから様々な知恵袋を授けられ

楽しいの連続だった

反面、あの家では母親がよく泣いているのも印象的だった

何度か私だけ連れ出され、1日帰らなかったこともあった

なぜ私だけだったのか、なぜ弟は連れ出さなかったのか

それは当の本人にしかわからない

ただ、わかることもある

あれは一種の家出だったのだろう

旦那の両親との同居

2人の子育て

色々溜まるものもあるだろうて

小学校時代の終わりがけ、私が中学生になろうかという時期

家ができた

賃貸→親実家 とマイホームというものを知らずに育った人間としては

初の自分だけの部屋

初の家族以外の人間がいない空間

とても不思議な感覚だったのを覚えている

そこから、家が建って3年目

中学の終盤、高校生になろうかという時

父親という存在が家から消えた

それまでもケンカの絶えない夫婦だったが

いよいよ行くところまで行ったようだった

それでも離婚はしておらず、父親は本当にATMと化した

月に1回くらいかな?生活費を置きに来るのを見た気もするが

それも半年もしたらなくなり

ウチの父親の稼ぎでは2拠点生活の生活費を賄えるわけもなく

母親からよくお金の相談をされた

パートをしようかと思う、パート時間を伸ばそうかと思う

生活費が足りないから、おかずを一品減らそうかと思う

そんな、家を空けることが多くなった母親の代わりに家事をするようになり

家事がどんどん得意・・・とまでは行かなくとも苦ではなくなっていった

そんななか親父の親・・・じぃ にも父が家にいないことがバレ

昔ながらの長男家系、実家の集まりやなんやかんやにも

親父の代わりになにかとさせられた

そんな中学生

そんな生活も3年が経とうとし

そろそろ就職先が決まりかけた頃

ふっと戸籍上の父親という存在が帰ってきた

仲直り?なんなのかは分からなかった

ただ、私はこれだけの迷惑をかけておいて、素知らぬ顔で上がり込んで来る人間

そんな状況にどーしても納得ができず母親に直訴した

「これだけ音信不通の行き先不明だったのに、それってどーなの?」と

母親からの回答は一言だった

「この家の名義はあの人のものだから、気に入らないならあなたが出て行きなさい」

なるほど?

子どもながらにも考え、行動し

やってやってる

なんて言う気はなかったが・・・

それでも自分が家族の何かの力になれれば

そんなことを思い

日々の家事、親の実家の行事、相談を受けてきた約4年

身近に居た自分の子どもより、どこぞをほつき歩いてきた男の方が大切

そんな通告をされた気分

人生で最もかつ心底 呆れ返った瞬間だった

そしてそれが、働いてお金貯めて お望み通り出てやる!!

との意思が固まった瞬間でもあった

今へ至る


そこからは、家を出る!!との気持ちを第一に働き

納得できない家庭環境の中で心を殺して耐え

数年分の貯蓄を作り

家を出た

家を出る際、母親から

「なぜ出ていくのか?うちに居ればいいじゃ無いか」なんて声をかけられた

・・・あの時は本当に呆れ返った

人生で2度目

人生で一番呆れた瞬間だった

一番って2回あるんだね・・・そんな感情さえ湧く

父親も父親なら、母親も母親か

出ていけと行ったのは自分ではないか

そんな思いを抱きつつ

「なぜ出ていくのか それは自分で考えた方がいい」

そんな言葉しか出なかった

そこからは、ひとり暮らし

生活としては何かが大きく変わったとは思わなかった

自分のことを自分でする

そして、そのために必要な力は既に養われていた

あの実家住まいの時代は今に生きている

全ては繋がってる

キツかった日々も、納得できない感情も、呆れ返った一瞬も

全てが今への糧となる

私は本当に運が良い

あの親たちであの言葉をかけられたからこそ

1人でできることが増え

学びがあり

自分の生きる形を見つけることができた

お金を貯める目的

生きたお金の使い方

ひとりで日常を生きるために必要なこと

得たものは大きい

かと言って、望んでもう一度経験したいかと言われると

・・・うーん まぁ 1回でいいかな?

得たものは多く大きいけれど

悲しい気持ち 虚しい気持ち

コレは、やっぱり少ない方がいい(꒪˙꒳˙꒪)!!

まだまだ書ききれない部分もありますが

ざっと半生はこんな感じ

この他の話題は・・・いつかまた需要がありましたら

続きはWebで

そんな200記事目

過去を思い返し

色々な気持ちが湧き出つつ

今日もコツコツ日々を積み上げ

この行動が最後どこかで繋がると信じ

今日はこの辺で

また よろしくデス

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